적은 분량의 강독 2개, 20분 분량의 5인 조별발표, 소개팅,
모두 엉망진창이 되어버리고
레벨 64에서 멈춘 와우도 지겨워졌고 사람 만나기도 이상하고
술도 마시고 자책도 하고 비하도 했는데
다시 화요일 발표를 위해서 금요일, 일요일에 학교에 가고
주말 내내 조금씩 쓰다보니 무난히 완성되는 발표문을 보자니
이것도 나쁘지는 않은거 같다.
아래와 같이 말도 안 되는 비문을 제대로 고쳐주신 조원에게 감사한다. 부끄러운 초고다. 한글로 작성한 것은 누가 읽을까봐 차마 못 올리겠다.
1.「祭祀」
1)要約
僕は遠い親戚になる李さんの家の祭祀に行って多くの同胞たちにあって帰って来る。僕が会った同胞たちはダイヤで自分を誇示する金融暴力団、朝総聯の活動家の朴さん、そんな朴さんと対立する巨漢、日本人を信用することができないという日本人で帰化した事業家などだ。僕は同胞たちの分裂された姿を韓国人の自我像だと把握しながら帰って来る。
2)分析
作家は「祭祀」で僕が会う多様な人物たちを通じて在日韓国人の姿を描いている。まずその所には全身にダイヤをかけている金融暴力団が登場する。この作品で登場する在日韓国人の職業はタクシー運転手と同じくつらい事とか、金融暴力団と同じく正常ではないことだけだ。在日韓国人という身分で持つことができる職業的限界を見せてくれると言える。これは映画で登場する私債業者と同じ意味と言える。
このような難しさを理由で日本人で帰化した事業家も登場する。この事業家が彼の脱税がばれるか心配して日本人は信用することができないと訴えているのはアイローニだ。事業家のこのような態度は、日本人に受けた差別による被害の結果だと解析することもでき、差別による被害者がまた他の差別を量産する罪悪を犯す矛盾的な状況を見せてくれると言える。後者は「共同生活」で日本人たちがお互いの出身地についてけんかしている場面に似ている点で、在日韓国人に対する個別的差別の問題だけではないと思うことができる。また脱税すなわち不正と不信用という点では 「クレージーホースⅠ,Ⅱ」に出る社長と経理部長の姿とも似ていったり、これはその頃の日本社会全般の姿ではないかと思う。
一方朴さんと巨漢の対立を通じて社会主義と資本主義に分裂されたの姿を確認することができる。しかしこの理念の対立が在日韓国である社会ばかりの特徴だと断定するのは少しの無理がある。「미로?」で僕が新宿の町で右翼と左翼の勢力がそれぞれ演説している場面を通じてこれは日本社会全体の姿だと確張するのができると思う。一番韓国的、儒教的だと言える祭祀の時争うという点で祭祀の持つ意味が褪せたことを分かる。これは私の祭祀に対する意識でも分かる。
“한국인의 관습으로는 제사를 소홀히 하는 인간은 최대의 불효자로 보여지고 있다. 물론 나는 제사를 지낼 마음 같은 것은 털끝만큼도 없었다.”
“한국의 정신 풍토 상공을 수천 년 동안이나 … (후략)”
前者の引用の場合には私のお父さんに対する意識も加味されていると見られるが,これは次の章で話す。
朴さんと巨漢の理念的対立は女達には意味を持つことができない。
“남쪽이나 북쪽이나 난 다 싫어. 당신네들은 그냥 주정뱅이들일 뿐이라고. 조국 통일이 뭐 말라 죽은 건데”
しかし彼女たちも争い始めて、このような場面で在日韓国人の分裂を強調している。
2.「運河」
1)要約
僕は 10年以上お父さんと連絡が切られて彼を死んだ人で扱ったが、従兄から直ちに帰って来なさいという思いがけない電報を受けて大阪に向ける。僕はまず自家中毒症侯群に陥る友達の‘
2)分析
「運河」ではこの小説で一番印象的な二人の人物が登場する。一人は
自家中毒に陥た
‘
作家の実際お父さんをモチーブにしたという僕のお父さんはそのものだ。100キロの体重と15の문?を持ったお父さんは家族にまで暴力を振るう人物だ。この作品で登場する在日韓国人のお父さんという人物は皆暴力的だ。遊泳心のお父さん,「クレージーホースⅠ」で登場する帰化し在日韓国であるイサムのお父さん、僕のお父さん。この作家の他の作品 の『血と骨』で登場する‘ギムズンピョング’という人物も暴力を振るう。これは作家の個人的経験に根拠すると見える。お父さんという存在の暴力性はひどい差別を受けた在日韓国1、2世代の時代状況と連結することができる。当時は強靭ではなければ、狂わなければ生きて行きにくい時期だったと見られる。家庭の外で抑圧された人間、社会の下にいる人間が自分が家長として親分である家庭の内で歪んだ怒りが表出されたことだと思うことが妥当のようだ。




